Friday, 7 December 2007

Yellow...

黄色くなるのは『黄葉(おうよう)』

『うわー、まるで黄金色の葉っぱのカーペットやー!』  ちょっと彦麻呂入りです。

何故か木々の色付くのが綺麗に見える今日この頃。

『それは自分の人生が秋だってことさ』といわれた。うーん、なんにも実っていない秋だぞ。イイのか?

木の葉が色ずいて落ち葉となる。これに共感するような心境にはなっていないと思いますが、確かに若いころ(いまだって!)は秋の紅葉など目に入らなかった。この場所だって高校生の頃からなんども通っているのにイチョウの葉がきれいな黄色になっているのに気がついたのは最近だ。

きっと色んな事に忙しくてきがつかなかったんだよ。気がつくのが遅かったことにして美しい紅葉(黄葉)を楽しむゆとりがあってもいいか。リッパなオジサンだしナー。

走っている車も黄色。



Sunday, 2 December 2007

KY in Chinatown...



『中華街ではどこ(店)が美味しいですか?』



中華街の近くに住まわれているお客様に聞いてみると、たいていは小さい地味なお店を薦めてくださいます。そして、その答えはてんでんバラバラです。1つの店に票が集中することはないんですね。あと、近く(中華街の中)に住んでいてもいろいろなお店を食べ歩くことはせずに、自分の好みのお店が決まるとそこばかり行かれるようで・・・


地元の人達みんなが認めるこの1軒というものをついぞ見つけられない。味の好みは人それぞれ違いますからこれはしかたのない事なんでしょうね。逆を言えばどこのお店でもハズレは無いと言う事でしょうか。


ただ、中華料理を食べに行くと言っても、『ふかひれ』『ツバメの巣』『熊の手』など食べられませんので、他に『My スペシャリテ』を求めて行くわけですね。ワタクシの場合は『水餃子』と『麻婆豆腐』ですねー。『水餃子』は宇都宮が『餃子タウン』として町おこしした時にアドバイザーになったといわれる人のお店、『麻婆豆腐』はバリバリの四川料理のお店と決めて『通』ぶっているわけであります。


で、先日ひさしぶりに『水餃子』なんぞ食べに行ったのですが、腹ペコで行ったのが大失敗。最初に全ての注文をしてしまったのです。自分の中では・・・


水餃子⇒焼き餃子⇒豚の角煮⇒炒飯⇒酸ラータン


という流れのイメージの注文であったのに、実際に出て来た順序は


酸ラータン⇒炒飯⇒豚の角煮⇒焼き餃子⇒水餃子


であったのです!これは無いだろ!!空気読めんのかこゥらァ!!餃子をつまみに一杯やって、角煮を味わい、炒飯で腹固めてスープ系は〆なんじゃア!タママ・インパクトーゥ!!!


でもそうなんです。いっぺんに注文してしまうと、早くできるものからテーブルにやってくるのが中華街(中華料理?)の掟なんです。あなたが華僑の影の大物でない限りこの掟は堅く守られるハズです。これをワタシは知っていながら空腹に負けて・・・


この掟はどういうものなのか?『おなか空いてるのね、じゃあ、できたものからどんどん出すからね』という店側の好意の表れなのか、『出された物の順番は気にするな、どれも食べたいからたのんだ物だろうが』という共産主義的思想 In Japanによるものなのか?いやー、相手も中華のプロなんだからこれには未必の悪意(?)を感じるなあ。


そのお店の味が好きで何年も通っているのに店側はあまりお客さんに気を使わない。美味しいのだからそれでいい、という見方もできるけれど、ワタクシはそこまで割り切れない。確かに『ミシュラン』の星の評価にサービスはふくまれていないそうですが・・・
この辺は商いをしてお客様からお金を頂いている者としては考えさせられるところですね。もうタママ・インパクトでお店を吹き飛ばしたくない。

Thursday, 22 November 2007

Rectangule or Solid?...


ん?・・・
仕事で環状線を走ると一瞬見える。
気にはなっていたけれど仕事に行く途中だったりして止まってまで、見ようとはしなかった。今回この木から近いお客様のところへ伺ったのでデジカメで撮影する事ができました。
黄色い部分は電柱の支線カバーのようですが、それが木の幹に被せられているようですね。うまいこと木が四角く刈り込まれているのでモダンアート入っています。
『またうまい事直方体にになってるねー』と後ろ側に回り込んでみると・・・
それは言わぬが木か、いや花か。

Sunday, 18 November 2007

Today....Mt.FUJI and Sunset.




『この辺は富士山が良く見えるので嬉しい』




引っ越してきたお客様によく言われます。引越しをしたことがなく、物心ついてからズーッと富士山が見えるのは当たり前で生きてきているので、あまりにもお客様が感激しているのを見るのは、ちょっと不思議な感じになってしまいます。

富士山がいつも見える場所というのは狭い日本といえども限られた範囲なわけで、『富士は日本一の山』といっても旅行などをしない限り見ることが出来ない方が大多数なのだな、とあらためて自分の(富士山に関しては)運の良さを確認する事になります。

子供の頃は、朝、歯を磨く時に洗面所の窓を開けるだけで富士山が良く見えました。いま頃の季節になると富士山のてっぺんも雪が積もって『アー、もう秋から冬に変わったな』と子供心に思ったりしてました。が、大人になると富士山を見ることさえしなくなってしまった。

前回で『富嶽三十六景』を書いたのでそういえば、と思い富士山の写真でもアップしようと思いました。すると、良く見える場所というのがなかなか無いことに気がつきました。自宅の周りは建て込んできてしまってまったく見えない。見えないと思うと見たくなるのがレベルの低い人間の特質で、クルマであちらこちらと探してしまいました。

たまたま眺めのいい場所を通って、写真に取りたい時はデジカメを持っていなかったり、ねらいをつけて行ってみると雲がかかって絵にならなかったり。今さらに富士山が見えるということの喜ばしさを実感しました。

いくつか撮った画像を見てみると、↑の画像がいつも自分が見かける普段着の(笑)富士山に近いようなのでアップしてみました。夕方仕事の帰りとかにふと夕焼けに気がついて西の方を見ると富士山がシルエットで見えるんですよね。

『北斎』の『凱風快晴』も良いんですが、自分が良く見る富士山の感じにいちばん近い気がするのが『御厩川岸より両国橋夕日見』ですね。渡し舟に乗っている人が手ぬぐいを隅田川につけて洗っていたりしている両国橋の西のかなたに、シルエットの富士山が小さめに描かれている。

夕焼けが綺麗で『明日も晴れるなー』と見上げた西の空に富士山が見える。船頭さんもきっとそう思っているに違いありません。一日の終わりに忙しさから抜けて、ふと富士山を見つける感じが現代の自分にも共通な気がします。



Thursday, 15 November 2007

36views of Mount.FUJI...




葛飾北斎の『富嶽三十六景・凱風快晴』が28万8500ポンド。(6840万円)



版画についた値段としては過去最高だそうで・・・ロンドンのオークションで落札された時についた値段ですが、落札したのは日本人だったそうです。日本の名画はかなり外国に出て行ってしまっているので、この『凱風快晴』も里帰りできるといいですね。

↑の画像は勝手にヤフー・ニュースさんから貰ってきたのですが、この画像が落札されたプリントそのものなんでしょう。でも色合いが前から知っている『凱風快晴』と違う。『北斎展』で見たプリントとも異なっています。作者自身が最初に刷った、作者のイメージに忠実なものが価値があるそうですが、試し刷り的に刷ったらしいので数も少なく貴重であるらしい。良く刷り上った物には『極』の判が押してあるそうですよ。初版以降は刷り師が刷ったそうですから色々なものがあって当然で、その色合いのバランスや版木のくたびれ加減などによって価値が決まるのでしょうね。

この『凱風快晴』は極め印が押してあるのでしょうか?ワタシは、もっと青空の『青』が濃いプリントの方が好きだな。『快晴』なんだから。雲あるけれど。


話は変わって・・・今日の朝食を食べ始めた途端、息子が


『お父さん、戦争する?』

と聞くので、

『しない。』

『ジイジイ(おじいさん)はした?』

『ジイジイはしてない。』

というやりとり。


ワタクシ自身は戦争へ行って人を殺したいとは思いません。でも国全体が戦争に突入して徴兵されたらどうなるだろうと考えると・・・
まあ、自衛隊さんが守ってくれると信じていますが(笑) 徴兵制導入するときにいちいち国民の意見など聞くわけない。消費税やそれこそイラク特措法のように立法されてしまい、それをニュースでみているだけなのだろうな。自分は徴兵を逃れてまで戦争に行かないか?拒否すれば逮捕されて刑務所行きだ。家族も『徴兵逃れの家族』になってしまうだろう。それは不憫だからやはり徴兵に応ずるだろう。そして戦場に行けば相手に銃なり何なり向けて戦わなければならない。


現在の日本ではリアルではない戦争を、自分の頭の中でシミュレーションしてみると『一個人』なんて簡単に戦争に引きずり込まれてしまう気がして気分の重たい朝でしたな。

Thursday, 8 November 2007

Spirit Of SAMURAI...



『高倉健』は元々は喜劇俳優。


その高倉健さんの推薦で買ってしまったのが、この『日本刀 日本の技と美と魂』です。
まあ、内容は日本刀の権威の人の『口(くち)プロレス』という感じで、初心者?には難しいかも。

『日本刀』を芸術品として鑑賞するという主旨で、刀の刃の表面に現れる模様、『沸(にえ)』とか『匂(におい)』とかの表現にはそそられる(?)のですが、肝心の刀の写真は白黒でその表現を実感できないのが残念。オールカラーのグラビアではお値段がものすごい事になるでしょうけれど。

『日本刀』ってあまり実物を見たり、触れたり(持ったり)することはないですよね。でも、現在使っている言葉には結構『カタナ』がらみのものがある。よく聞くのは『鞘当』とかね。

たとえば『折紙』。『あの人の優秀さは折紙付きだ。』なんていうけれど、これは刀の目利きのひとがその刀の鑑定をして価値とか真偽を保証した保証書にあたるのだそうです。また、このように鑑定する事を『極める』(きめる、きわめる)とも言うそう。

『日本刀』でよく言われるのは、『よく切れる』ということでしょうが、これまた身近な物でないのでどのくらい切れるのか判らない。以前に『トリビアの泉』で、鉄砲玉と勝負していたけれど、相手は『鉛』なのだから、鉄(鋼)が負けるわけはナイ。
『江戸百話』によると、武士同士の諍いで旦那が切りつけられたのを見た奥さんが、止めに入って刀の刃を両手で握ったところ十本の指が『パラパラと落ちた』とあるし、『生麦事件』のイギリス人は胴体が真っ二つに切られていた、とも書かれているので実際に、そのくらい切れたのでしょう。

江戸時代の死刑は刀で首を切っていたわけで、『山田朝衛門(浅衛門)』という専門に首をキル人がいたそうです。もともとは武道の達人だったそうで、本来は同心(時代劇に出てくる)が斬首する事になっていたらしいのが、流石にためらわれたのか皆が山田さんに頼んだので、山田さんはキル専門になってしまった。明治時代まで八代も続いたらしい。首を切った後、内臓(肝臓)をとりだして『薬』として売っていた。この現場を観察したのが杉田玄白と前野良沢。この薬を売るのは、かなり実入りの良い商売だったそうです。

『下手人』という言葉は、時代劇では『犯人』を示す言葉だけれども、本当は『死刑』という意味なんだそうです。武士は自分で腹を切って死ねるけれど、江戸時代の市民は腹を切れないので、お上が『手を下して』やる人、という意味でしょうね。『下手人』は死刑の中でも軽い(?)ほうで、斬首だとその後『様斬り(ためしぎり)』に死体をつかったそうで、新しい刀が出来ると、『様斬り』をして、した人が『折紙』を、『二つ胴 土壇つき』(二人分重ねて切ってみたら、スッパリきれて地面に着くほどだった。)などと書いたとか。

『土壇場』って、試し切りの時に、胴体が動かないように土を盛上げて安定させるもののことだそうです。だから『土壇場で逆転』というのは間違いですね。


もう首を切られちゃってるから逆転は出来ないッス。




Sunday, 4 November 2007

ともだちのともだち・・・

『友だちの友だちが鳩山法相。』             『アルカイダ』



店先のプランターの花。お客様でもある『小島園芸』さんに寄せ植えしていただいているものですが、この花に意外な事実が判明。なんと、あの『ハマザキ・アユミ』の庭にも同じ『小島園芸』さんの花が植えられているというのです!寄せ植えの花の組み合わせは、おまかせでしていただいているので、花の名前もわからないゾ(笑)

こちらで育てている花は『花の持ち』が良くて半年ちかくは咲き続けるのです。水やりを余りしなくても枯れず、手間要らず。『こんなに長持ちしてしまうと、逆に商売にさしつかえが出ませんか?』と聞いてしまうほどですね。冬の間も花をつけているので店先も華やかになります。

東京の造園業者さんも直接買い付けにくるのでそうで、なんと、その業者さんは『アユ』の庭にうえるのだそうです。というわけで、

『ウチの店の花と、『アユ』の庭の花は友だち?兄弟?』 (ちょっと無理があるかー)

『私のうちも『アユ』と花兄弟になりたい』という方は・・・
                  
小島園芸さん
横浜市泉区中田東4-42-18
045-805-1677
『東原家電から聞いて』といっていただくとナニゲにイイかもしれませんよ。(何が良いかは知りませんが)