Friday, 18 September 2009

ゴーギャン展・・・

鼻歌は『島むすめ』

『ゴーギャン展』に行ってみた。

絵画のことはよく判らない。ただ、有名な作品を見ておくと後々話の種にでもなるかな?というレベルのものです。

『絵』(及び芸術一般)って世間の評価の影響が大きいと思っているので、有名な画家が描いたといわれると、『なるほど良い絵だなあ』と感じてしまうのはワタクシだけです。だからこそ『ナントカ展』があればワザワザ出かけるわけで。無名の作家を見つけに地味な画廊巡り、みたいなことはしない。

それでも何かの絵を見た瞬間に、グッっと来るものを感じることはあるのでそれがその絵の魅力なのだろうと。『持って帰ってウチに飾ってやってもいいよ』みたいな気持ち(笑)

ゴーギャンの絵に対しては今回そのようなことはまったく無し。どれも要らないって言うのはウソになるけれど。くれるならもらってもいいよ。

暗いんですね、絵ズラが。ついつい自分の中のタヒチのイメージと比べてしまうので。ゴーギャンの内面の苦悩が絵のテーマであって、タヒチはそれを投影するだけのスクリーンみたいな印象を受けました。人の悩みとか愚痴を聞くのは苦手なので、それを絵に表現されたものもちょっと苦手かな。

YouTubeの画像がはみ出してしまいました。が、それもどうでもいいやって感じ。テーマ音楽も暗い感じでしょう?

作者が試行錯誤して、骨身を削る思いで製作したもの(絵)には、そんな自分にも訴えてくるものは感じられるので、そういうオーラはブワーッと絵から発散しているような迫力があった、ような気もしたりしなかったり。

Saturday, 12 September 2009

チープスリル?(音量注意)・・・

鼻歌は『スカイ・ハイ』

イヤー、ちょっとおどろく映像ですね、頭のすぐ上だもんね、5mと離れていない。合成などではなさそうです。題名は『F18 Low Flyby』なんですけれどフランスの『ミラージュF1 』戦闘機が正しいみたい。

あらかじめパイロットと話し合いをして行ったんでしょうね。突然滑走路に人がいたら驚いてしまう。接近してくる時にちょっと機体をバンクさせて、立っている人の真上に来るように飛んでますね。おそらくイラクかアフガンに駐留しているフランス軍なのでしょうが、立っている兵士の度胸試しなのか、パイロットの腕試しなのか?あるいは単なる暇つぶしか?(関係ないけど、暇つぶしときくと必ずヒツマブシを思う。また逆もアリ)

もし自分の頭上、数メートルをジェット機が通過したらどんな感じかな? ま、ものすごくウルサイというのは判るのですが。実際上の人もイヤープロテクターしていますし。

ここで思い出したのは、子供に『飛行機はなぜ飛べるのか?』と聞かれた時のことです。

飛行機の翼は上側の方が、下側より盛り上がって作られていて、そこを通過する空気は上側の方が流れが速くなって、圧力が下がるので上方に引っ張り上げられる。だから飛行機が空にあがる。これが『ベルニューイの法則』て言うもんだ。

なんて説明していたら、こりゃ大間違いだっていうことがわかった。

ベルニューイの法則で飛ぶとすると、曲芸飛行機の背面飛行が出来なくなるし(逆さまだと地面にぶつかる)、ジャンボジェットも離陸する時に機首を持ち上げる必要がなくなってしまう(引っ張りあげられるのだから、何もしなくても飛べる)

正しくは、翼で空気を下方に曲げる(方向を変える)とその反作用が翼に働いて、翼を持ち上げる力が発生する、ということらしいです。だから、離陸する時は翼の角度大きくして地面から離れる力も大きく発生させる。

300トンもあるジャンボジェットも強力なジェットエンジンで、時速300キロに加速することで翼に対して強い風の流れを起こし、下方に大量の空気を曲げる反動で飛び上がる事が出来る。

飛行機が空を飛べるのは飛行機の重さと同じ分空気を下に押しやっているから、とこれからは説明すれば良いのかな?法則は『ニュートンの法則』.

飛んでいる飛行機の真下に立っている人はそれが通過した瞬間に、ジェット機が起こした下向きの空気を全部ではないもののドバっと上から押し付けられる、という事ですね。確かにカメラも『グラッ』ときてます。

Wednesday, 2 September 2009

鼻歌は『ケンタッキー・ブルー・ムーン』・・・



以前に某所でアメリカ人のオジサン(オジイサンくらいかも)には話しかけられたことがあります。なにかペラペラペラっと話しかけてきたのですが、モチロンよくわかりません。で、『モアー・スピーク・スローリィ、プリーズ』。


まあ、そのオジイサンは『オレはケンタッキー州から来た。』みたいなことを言っていたわけですが、ワタクシの中に『ケンタッキー』に関して即座に話題にするような要素がなかったので、『アー、ワタクシは日本からです』とベタに返すしかありませんでしたね。


『ケンタッキー』といえば私の中にはケンタッキー・フライド・チキンくらい思い浮かばないわけで、競馬の有名なレースが開かれるとか、バーボンウイスキーの『メーカーズ・マーク』を作っている会社があるとか、モハメド・アリ、ジョージ・クルーニー、ガス・ヴァン・サント、ジョニー・デップなどの有名人の出身地なんだとか判っていれば話も盛り上がって、オジサンもバーボンの一杯でもおごってくれたでしょうに。


最近のケンタッキー・フライド・チキンのCMで『カーネル・サンダースおじさん』が笑っているのが映し出されますが、アレにはすごく違和感を感じてしまうのはワタクシだけでしょう。


何せカーネルおじさんは、ワタクシが初めてケンタッキーF・Cのお店を訪れて以来、その店前に微動だにしない偶像でしかなかったのです。もし先に動いている(生きている)オジサンを見ていれば、そのようなことは無かったはずだと思います。でも、実際は動かないはずの人形がCMで見ると動いている、という自分勝手な錯覚が起きてしまう。


そのうえ人形がとても良く本人に似ている、という事実もイロイロ混乱させられる元であるような気がしますねー。『あー、何年かぶりに道頓堀から引き上げられてこの人も嬉しそうだなー』とか。


意外な事にカーネルおじさんの像は日本だけのものであるそうで、ケンタッキー州のお店の前にはオジサンは立っていない。『カーネル』というのも本名ではなく、ハーランド・デイヴィット・サンダースというそうで、カーネルというのはケンタッキー州の名誉大佐ということらしいです。

上の写真は宇宙からも見える『カーネルおじさん』。でも、なぜかネヴァダ州にある。 YOUTUBEにはこのあと10年すると無数の人形となって日本人に愛されるカーネルおじさんの前世が映ってます。もしかすると、これも良く出来たロボットなのでは?

Saturday, 29 August 2009

迫りくるインフルエンザの影・・・



鼻歌は『青春の坂道』


必ず最近の事件・事故には、インターネット上で『陰謀説』が飛び交うのが定番になってきました。これはこれで『便所の落書き』、用を足しているくらいの短い時間は眺めて時間つぶしにはなるわけですね。


でもって、最近のお題は『新型インフルエンザは製薬会社が作った』と言う『製薬会社陰謀説』ですね。

発生源となったメキシコの養豚所では『豚インフル』に罹った豚が1頭もいない。と言うのがそもそもの始まりみたい。ファイナンシャル・タイムズのネット版に書かれているそうです。新聞がネットで記事を配信するのだから、もう『落書き』とは言えない。http://www.ft.com/cms/s/0/0d1b0760-3682-11de-af40-00144feabdc0.html


新型インフルの遺伝子を調べると今まで流行った4種類のウィルスの特徴を持っているそうで、それは人間が混ぜて作らないとできないものなのだそう。新型といってもウィルスが世代交代する中で突然変異したものが、そのときの状況に適応すれば生き残って沢山繁殖するようになる。『適者生存』というやつですね。
でも今回問題のウィルスは鳥インフルや、過去に三つに大陸で流行ったウィルスが混合されて出来上がっている(!)そうなんですね。自然界ではこうした事が起こることはほとんど無い。交通が発達してあらゆる大陸の人が行き来をするようになっても、ウィルスの伝播はともかく融合するのは・・・?ですよね。
だから、データとして過去のウィルスを保存している製薬会社が疑われることになるわけですね。実験室でひそかに作ったのかも、なんていかにもテレビとか映画でありそうなシチュエイション。製薬会社はワクチンを作ることになるので儲けることになるし。
ワクチンと言うのは一定の期間を掛けて臨床試験を行い安全性が確認されてから使用されるものだそう。ですがイギリスの製薬会社はワクチンで副作用が起きても過失に問われないと言う契約を国として、臨床試験なしでワクチンの製造を請け負ったそうです。過去にアメリカでワクチンの副作用で訴えられた事があったのでそれを警戒したらしい。
日本ではワクチンが足りない分は輸入してでも接種するとニュースでいっていたけれど、ワタクシは今回のワクチンはパスしようかな?

Saturday, 22 August 2009

地震・雷・火事・オヤジって?・・・

鼻歌は『嵐を呼ぶ男』

エー、昔から江戸っ子の怖がるものに『地震、雷、火事、親父』と申しますが、地震、雷、火事はすぐにわかりますよね。

で、親父って何?ウチの親父を怖がるの?と思っていました。ちょっと他所で調べてみるてえと、これは『台風』のことだと判った。

うーん、これはまったく江戸時代の庶民の家のつくり方、建て方に起因するものと推測しますね。まず地震。今でも建物の耐震性が大きな問題になっているくらいですから、なるべく簡便に立てられていた当時の『長屋』などは地震には弱かったのでしょう。

雷。ワタクシの子供の頃はさほど都会化されていなかった横浜市内は夏の夕方になると必ず雷が鳴って、夕立が来ましたから、ビルも道路の舗装もない大昔はもっと強烈な雷があったのでしょうね。落雷で亡くなる人や火事にもなったでしょうね。

火事。現在と違って屋根に瓦を葺くのは禁じられていたそうですから、近所が火事になって『火の粉』が降って来るとすぐに燃え移ってしまったそうです。ただでさえ灯をともしたり、調理などに裸火を使っていれば火事になりやすいところへ、人口密度が高い江戸の下町は木造住宅がひしめき合って建っているので火事が大きく広がりやすかった。

親父。台風だけではなくて『つむじ風』など強く吹く風のことだそうですが、最近でも竜巻とかで大きな被害がでていますから、天気予報もない昔に空の雲行きだけしか見ることが出来ない人たちには突然(に思える)嵐はとてつもない脅威だったんですね。瓦のない屋根はすぐに飛ばされてしまうだろうし、下町は海に近くて標高も低いので高波で流されしまう被害も良くあったそうです。

大風に飛ばされぬように屋根に重しの代わりに石をのせていたらしい。浜辺の堀立て小屋スタイルですね。 火事などの対策には貝殻を屋根に撒いたり、土をのせてもいたらしいですよ。


台風の『目』に飛行機で突入して観測する人?もいるそうで、その『目』の中の写真というものがありました。目の中は青空が広がっていて、穏やかに晴れているのが良くわかります。
ちょっとでも、『壁になっている雲』に入るとものすごい嵐なんだろうな。『ラピュタ』みたいに。


Saturday, 15 August 2009

意外な結末・・・

鼻歌は『太陽がくれた季節』


チョト古い話になりますが・・・イトコが日食の写メを取ったのを見せてくれた。すかさずメールでイタダキ。拡大に挑戦しましたが、これ以上は無理でしたね。

その日は曇りでワタクシはハナから観るのを諦めていました、日食。空を見上げて太陽をみることさえしなかった。
イトコは偶然に見上げた空の雲が晴れて、日食しているのを観ることが出来たそうです。モチロン、横浜市内で。

あの『悪石島』でしたっけ?日食ツアーが30万円だったところ。悪天候で全然見られなかったらしいですね。お金返してッ!と言った人もあったようですが、それ言っちゃダメだあ。誰も晴天を保証できないのは判りきっていますものね。覚悟を決めて参加したものとみなされますね。

この話を聞いて思い出したのが養老孟司の本に書かれていたことでした。

現在の日本人は自然から遠く離れて、あるいは自ら隔離して都会で生活している、と。
都会は人間に都合がいいように頭で考えられて出来上がった人工の産物である。自然というものは必要無い。だから自然とつき合う事がいらなくなり、下手糞になる。

しかしそこでも自然が発生する。人間の子供ですね。子供は自分勝手に泣くし、お腹をすかす。そしてウンチもしたり、病気になったり。天気のように予測がつかない場合が多々ある。都会に住んでいる人は自然とのつき合いが下手になっているので、子育てに悩んだりするようになる。さらに進むと子供が生まれなく(産まなく)なる。だから、都会化した先進国は少子化する。と言うような事が書いてあった。

自然とつき合うには予測を立てて、当った、外れた、ではない。その場その場で自然に迎合して対応するしかない、行き当たりバッタリでやって行くしかないらしいのです。
わかっている、判っているのだけれども、どっぷりと便利な生活に浸かっているワタクシはナカナカねえ、難しいですね。雨降って日食が見られなかった人の気持ちもわからないわけではない。

30年前には地球は『寒冷化』していると言われていた。今はその真逆ですね。自然は人智を超えたものなのでどうにもならないと開き直るしかない。日本でCO2を頑張って減らしても世界全体の3パーセントしか減らないのなら、肩の力を抜いて楽しくやっていきまショ。

皆既日食見れなくても『ショーがねーなあ』と笑いとばすしかないじゃありませんか、ダメ?







Sunday, 9 August 2009

蒼いウサギをキメルってか・・・

鼻歌は『圭子の夢は夜ひらく』


のりピーが大変。芸能ニュースなどでは過去のビデオを検証してその変化を比べていたりする。すると素人(?)にも判るような言動の違いって言うのがあるものなんですね。

俗に言う『Sキメテル』シーンがやっぱりあります。クラブのDJやったりしていたのでそのあたりから始まったのかなと⇒http://www.youtube.com/watch?v=SThggPmJt4M&feature=topvideos

覚せい剤というのは1951年までは合法の薬物だった。それ以前戦争の頃は軍隊が兵士に支給していたそうです。特攻隊員が覚せい剤を打った後出撃した、なんて話きくことがある。戦闘機のパイロットは飛ぶだけでも緊張するのに、敵と撃ち合いまでするので特攻隊員だけではなく全員が覚せい剤(当時はヒロポン)を服用していたようです。錠剤でゴクンと飲むタイプであったらしい。

いつだったか最近に骨董品店の人がアンティークとして軍隊で使用された物の箱を売ろうとして中身が入っていたので問題となった、というのをニュースで見た。

軍隊だけでなく非常時に働く工場の労働者の人たちも、町の薬局で買えたので飲んでいたようですね。夜でも働けるので『猫の目錠』といったらしい。戦中戦後のハード・ワーカーの人にはなくてはならなかったものでもあったんですね。

で、そんなものが禁止されている現在いったいどこから来るのか?主に『北』のほうと言われています。それは『北』の特産品、外貨獲得の有力手段だそう。その『北』に作り方を教えて、工場(?)を作ったのは戦時中の日本軍なのだそうです。核も大事だけれどこっちもやめさせたほうがいい。

最近街中で『キメテイル』人を見かけます。車ですれ違いざまに怒鳴りつけたり(この人有名)、大声出しながら自転車乗っていたり。一歩間違うと取り返しのつかないことが起きそうなので、警察の方にも頑張ってほしいです。うちの近所はパトカーの巡回がとても多いのでチョト安心。イヤそれだけ危ないのか?